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ぷぅトラベル
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2002年11月某日(←ただ単に忘れただけ^^;)の夕方、私は飛騨高山に降り立ったのですが、その日はとりあえずホテルに泊まり、次の日に白川郷まで行くことにしました。 そして翌朝、高山駅まで行き、駅前である1台のタクシーに乗り込んだのです。その時の会話(以下、ぷぅ太郎=”ぷ”・タクシーの運ちゃん=”運”) ぷ:「とりあえず白川郷まで行ってください。」 運:「へ?あそこまで行ったらすごくお金がかかるよ。バスで行けば?」 ぷ:「いやぁ、それがバスは今行っちゃったところなんですよ。だからお願いします。」 運:「だったら1日借り切る?その方が安くつくかもよ。」 ということで、その日はタクシーを1日借り切ることになりました。 さて、その運ちゃんなんですが、さすがにその道のプロらしくご当地名物などの話を延々と続け、途中途中に寄り道をしながら楽しいひとときを過ごして1時間くらい(だったかな)、お目当ての白川郷に到着しました。 ↑では、まずはこちらから。これは高台から眺めた白川郷の全景です。ご覧のように11月なだけあってバックの山にはうっすらと雪化粧が。さらに運ちゃん曰く、夜になるとライトアップされる日があり、そういう日に来ると抜群に美しいらしいです。 →そして、次にこちらを。合掌造の家です。この辺りにはこのような茅葺き屋根の家々が立ち並んでおり、実際に住民の方々が住んでおられます。中には家に上がれるお宅もあり、普段の生活ぶりまでうかがうことができます。ちなみに、ご存じの方も多いかと思いますが、この「合掌造」の言葉の由来は手のひらと手のひらを合わせて合掌している形に似ているかららしいです。 ←続いてこちらを。これは運ちゃんに、「カメラマンはみんなこの場所から撮るんだよ」と言われたため、自分も真似してこの角度から撮っちゃった写メです。そして、帰りのタクシーの中でこういう会話になりました。 運:「あんた、どこに住んでんの?」 ぷ:「埼玉ですよ。」 運:「埼玉か。俺は昔、渋谷に住んでたんだよ。」 ぷ:「へ?東京の渋谷?じゃぁ何で今はここに住んでるんですか?」 運:「東京で忙しいサラリーマンやるより、田舎でのんびりと暮らした方がいいと思ってね。友達のツテを頼って来たわけ。確かに運ちゃんやってると収入は少ないけど、その代わり家族と一緒にいられる時間がたくさんあるんだよね。」 にゃるほどね。世の中は銭金だけではないってことなんですね。ちょっと考えさせられちゃいました。 その運ちゃん、別れ際に「今度こっちに来るときには俺の休みの日においで。」って言ってくれました。うーん、いい人だー。でもその後はまだ1回も行ってません^^; このようにして運ちゃんとお別れをした後は、いよいよ待ちに待った夕飯の時間になるわけです。飛騨高山と言えば…そう!もちろん飛騨牛です!これについてもすでに運ちゃんから情報を仕入れてありまして、行くお店はすでに決まっております。ということでその日の夕飯は飛騨牛の寿司を食べに行くことになりました。 …さて、お店に到着。まぁそこそこお上品なお店です。カウンターに座り、まずはビールを頼みお任せで寿司を握ってもらいしばし板さんと談笑。そろそろかなという頃に「牛を握ってもらえますか?」と。板さんはいろいろなバージョンで握ってくれたのですが、ここで1つ疑問が。 ぷ:「なんで必ず牛を炙ってから握るんですか?生じゃダメなの?」 板:「うちでは必ず牛は炙ってからお出しするんですよ。なぜかというと、魚は冷たい水の中に住んでるから我々の口の中に入れれば温かくてすぐに旨味成分が溶け出すんですけど、牛は我々と同じくらいの体温じゃないですか。だから炙ってやらないと旨味が引き出せないんですよ。」 だそうです!これでまた1つお勉強になってしまいました。 その翌日、飛騨高山は最終日でございます。まずは飛騨国国分寺へ行ってきました。国分寺というのは奈良時代に戦乱や疫病が相次いだため、時の天皇であった聖武天皇が、「世の中が平和になりますように」と言う願いを込めて全国66ヵ国に建立を命じたお寺です。ですからホントは66の国分寺があるはずなのですが、現在はほとんどが残っておらず、この飛騨国国分寺のみが創建当時のままで残っているそうです(と、ここに住んでるおばちゃんが教えてくれました^^;) このように一通り高山市内を散策したら後は帰るだけです。途中、岐阜で下車して織田信長の岐阜城を見てきました。→これはその天守閣から見た岐阜市内の様子です。